大阪地方裁判所 平成6年(ワ)11796号 判決
原告
今出純一
被告
株式会社トヨクニチルド大阪
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し、連帯して金六二〇万七五一〇円及び内金五六〇万七五一〇円に対する平成四年八月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは原告に対し、連帯して金一三一五万三七九七円及び内金一二一五万三七九七円に対する平成四年八月一〇日(事故日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、普通乗用自動車に乗車中、後部から追突され後遺障害が生じたと主張する原告が、追突車両の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、保有者に対して自動車損害賠償保障法三条に基づいて損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
〈1〉 日時 平成四年八月一〇日午後七時四五分頃
〈2〉 場所 大阪府西成区南津守五丁目二番先路上
〈3〉 関係車両
第一車両 原告運転の普通乗用自動車(なにわ五六の二七〇五号、以下「原告車」という)
第二車両 被告池田運転の普通貨物自動車(なにわ八八さ五四四〇号、以下「被告車」という。)
〈4〉 事故態様
被告車が原告車に追突した。
2 被告らの責任原因
〈1〉 被告池田は、被告車を運転走行するに際し、前方を注視して、的確なブレーキ操作を行つて、追突事故を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件事故を惹起した。
〈2〉 被告会社は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。
3 被告の支払額
被告らは原告の治療費の内一七万三〇〇〇円を支払つている。
二 争点
1 後遺障害の有無、相当因果関係
(原告の主張の要旨)
〈1〉 原告の後遺障害の有無について
原告には、第四・第五腰椎の間に椎間板ヘルニアがあり、同部位及び第五腰椎と仙骨との間には軽度の狭小化があり、これらに基づいて、恒常性の腰部痛と腰を曲げるなどの日常動作が著しく困難であるとの症状を示している。右後遺障害の程度は、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一四級一〇号「局部に神経症状を残すもの」に該当する。
〈2〉 本件事故との因果関係について
原告は、平成四年一二月三日、それまで通院していた辻外科病院と大阪市立病院の治療を中止したが、その後も痛みは継続しており、自宅及びマツサージに通つての治療を継続していたもので、その後再開した須見整形外科での治療と原告の受傷との相当因果関係が存在する。
また被告らは、辻外科と須見整形外科との診断名が異なることから相当因果関係を争うが、当初の診断名は腰部挫傷であるところ、これは広く打撲等により腰部が傷ついたことをいうが、その後の検査の結果、椎間板症、椎間板ヘルニアと診断されている。前者は椎間板が原因で起こる症状を、後者は椎間板症のうちヘルニアによる症状をそれぞれ指し、診断名は異なるものの同一の症状をいうのであつて、診断名の変化だけから因果関係を問題とする被告の主張は失当である。
(被告らの主張の要旨)
〈1〉 原告の後遺障害の有無
自動車保険料率算定会の認定どおり、原告には労働能力に影響を及ぼすような後遺障害は認められない。また、原告の問題とする腰椎の変化は老化現象の一種であつて、事故とは因果関係がない。
〈2〉 本件事故との因果関係について
原告は、本件事故後、外傷性頸部症候群及び腰部挫傷の傷病名で平成四年一二月三日まで治療を受けたが、その後は平成五年八月二一日に須見整形外科で受診するまで治療を受けていない。その間八か月以上が経過しており、しかも須見整形外科で受診した際の傷病名は腰椎椎間板ヘルニアであり、事故後の傷病名とは違つており、右須見整形外科での治療及び原告の主張する後遺障害が、本件事故によるものであると認めることはできない。
〈3〉 素因減額について
仮に本件事故と原告の治療及び後遺症の発生について相当因果関係が認められたとしても、治療の長期化及び後遺症の発生については、原告の既往症である椎間板の膨隆が寄与しているので、素因減額がなされるべきである。
2 損害額全般 特に逸失利益
(原告の主張額)
〈1〉 治療費 七万四三三〇円
〈2〉 交通費 二万三八二〇円
〈3〉 休業損害 二六三万四九一二円
〈4〉 逸失利益 八一二万〇七三五円
計算式 平成三年の年収九四三万一二〇一円×一七・二二一(二八年に相応するホフマン係数)×〇・〇五)
〈5〉 入通院慰藉料 五〇万円
〈6〉 後遺障害慰藉料 八〇万円
よつて、原告は被告に対し、〈1〉ないし〈6〉の合計一二一五万三七九七円及び〈7〉相当弁護士費用一〇〇万円の総計一三一五万三七九七円及び内金一二一五万三七九七円に対する本件事故日である平成四年八月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告らの主張)
〈1〉の治療費額は認める。但し、因果関係は争う。その余の損害はいずれも争う。
第三争点に対する判断
一 争点1(後遺障害の有無、相当因果関係)について
1 認定事実
証拠(甲一の二、二の一、三、五、七、九、甲四の二、三、甲七、八、検甲一の一、二、検甲二の一ないし三、乙一、二の一、二、乙三ないし六、乙七の一、二、乙八の一、原告本人、証人須見善充)によれば次の各事実を認めることができる。
〈1〉 本件事故の発生及び原告の治療経過
原告(昭和二九年八月一九日生、当時三七歳)は、本件事故時、シートベルトをして原告車に乗り信号待ちをしていたところ、被告車に後部から追突された。原告車は後部が破損し、その修理代は二七万六九六七円である(特に甲一の二、乙四)。
原告は、本件事故前、腰の痛みを感じたことはなかつたが、事故直後から首と腰に痛みを感じ、事故当日である平成四年八月一〇日、辻外科病院において診察を受け、頭痛、頸部痛、腰部痛を訴え、外傷性頸部症候群・腰部捻挫の診断を受け、同病院と紹介を受けた大阪市立病院に通院した。頸部痛は同月末ころから軽減し、同年九月二四日ころには腰部痛もやや薄らいだものの、同年一〇月一五日ころに腰部の痛みがぶり返した。原告は、同病院担当の中田医師から椎間板の膨隆があるとの指摘を受け、治癒は困難であると言われたため、同年一二月三日で通院を中止していた(特に乙一、二の一、二)。
しかし、その間も腰部の痛みは継続しており、鎮痛剤の服用、湿布、低周波治療器による自宅治療をなしていたが、痛みがひどかつたため、平成五年八月一一日に須見整形外科に通院を始めた。同医院では、腰の前屈時の痛みを訴え、腰椎椎間板症との診断を受け、MRI検査の結果、第四・第五腰椎の椎間板の膨隆が認められたことにより腰椎椎間板ヘルニアとの診断を受け、消炎鎮痛剤、筋弛緩剤の投与を受けた。須見善充医師は、右膨隆をカルテ上「退行性変化」と記している。同医院における診断においては、前屈時に腰に痛みが走り、腰の屈曲は正常人よりもかなり低下していること、ラセグーテスト、スパーリングテストの結果はいずれも正常であつたものの、右側の前脛骨筋・長拇趾屈筋等の筋力低下、膝蓋腱反射、アキレス腱反射も右側が低下していたことが認められた(特に乙三、証人須見善充)。
〈2〉 症状固定
原告は、須見整形外科に平成五年一一月一一日まで六日間通院し、同日症状固定の診断を受けた。その際の後遺障害診断書によれば、自覚症状としては、「腰痛、右大腿から足にかけて姿勢によりしびれる、右足の力が以前よりも弱くなつている、歯科医師の仕事上ペダルを踏み続けることができない。」との指摘がある。また他覚的所見として、腰椎の軽度運動制限(前屈四五度、後屈二〇度、左屈三五度、右屈三五度、左回旋・右回旋四五度)、右側の膝蓋腱反射、アキレス腱反射の軽度低下、上臀神経・座骨神経の圧痛、腰部傍脊椎筋圧痛及び筋緊張、右前脛骨筋、腓腹筋の軽度筋力低下の各症状が認められるとの所見がある(特に甲四の二)。
〈3〉 須見医師の見解
須見善充医師は「原告の第四、第五腰椎には軽度の膨隆が認められるが、右膨隆が本件事故によつて直接生じたのか、それ以前に存在していたのかは不明である。本件事故前に膨隆があつたとした場合、これが原因となり、原告のような障害をもたらす危険率が通常人より高くなる。原告の症状の客観的所見としては、筋力低下、反射の低下及び腰の屈曲制限が挙げられる。」との見解を示している(特に証人須見善充)。
2 裁判所の判断
〈1〉 治療との因果関係について
右各認定事実によれば、原告が本件事故により負傷したことは疑いを入れる余地がない。原告は通院を中断しているが、その間にも、腰部の痛みは継続しており、自宅での療養につとめていたことが認められること、診断名は変わつているものの原告の症状は同一であり、腰椎に変形が発見され、それを重視した診断名に変化したにすぎないことからして、本件事故と全治療期間との間の因果関係が肯定できる。
〈2〉 後遺障害・その存続期間について
そして、平成五年一一月一一日の症状固定時において、原告は等級表一四級一〇号に該当する後遺障害を残したと考えられる。即ち、原告の腰部の痛みは事故後、変動はあるものの、一貫して存し、右症状は、筋力低下、反射の低下等の一定の客観的所見を伴つており、原告の腰椎の変形と符合する症状であること、その程度も腰の屈曲障害の程度や、後に見るように原告の仕事に相当深刻な影響を与えたことから見ても、労働能力に影響を及ぼす程度に達していると認められる。
右後遺障害は、原告の症状の推移、〈3〉に述べる発生の医学的機序から見て、症状固定時から八年間継続するものと認める。
〈3〉 素因減額について
まず、原告が事故前に素因を有していたかを検討する。前記のように、須見医師は、原告の腰椎の変形が、本件事故によつて直接発生したものか不明であるとするが、(1) 同医師も右変形について、カルテ上では、「退行性」即ち事故前からの経年性変形と捉えていたこと、(2) 本件事故による車の損傷状況からみて、原告の身体に受けた衝撃は腰椎に直接変形をもたらすほど強いものとは考えられないことから、本件事故前に原告は経年性の腰椎の変形を有していたと認めるべきである。
そこで次に、素因減額の要否について検討する。原告のような変形がある場合、障害が生じやすく且つ発症した場合その症状が重くなりやすいことは須見医師が述べるところでもあり、本件事故から生じたすべての損害を被告らに負わせるのは公平を失するから、民法七二二条二項の法意により、賠償額の減額を認めるべきである。但し、原告の腰部の変形は軽度なものにすぎず、本件事故前には何らの症状も示していなかつたこと、経年性の変形であり、多くの者が有する素因であることを考えると、全損害額について一割の減額をなすにとどめるのが相当である。
二 争点2(損害額全般)について
1 治療費 七万四三三〇円(主張同額、争いがない)
2 通院交通費 〇円(主張 二万三八二〇円)
立証なし
3 休業損害 一七六万八三五〇円(主張 二六三万四九一二円)
証拠(甲四の三、甲五、六、八、原告本人)によれば、原告は歯科医師であり、平成三年度の所得は九四三万一二〇一円であつたこと、本人事故後、腰の痛みのため、前屈みで患者の口内を見ることが困難となり、歯科用の鏡で見るなどしたため、仕事の能率が落ちたこと、そこで診療する患者の数を減らすと共に、週二回歯科医師である弟に手伝つてもらつたが、ときには休診を余儀なくされたことが認められる。なお、平成四年度と三年度とでは保険点数が変化したため、本件事故による収入減を右収入の対比によつて求めることは困難である。
右事実と、前記認定の原告の症状の推移、通院状況に照らし、原告の休業損害は、前記年収を基礎額として、症状固定日までの一五か月間において、平均して労働能力を一五パーセント失つていたとして算定するのが相当である。すると、休業損害額は、九四三万一二〇一円÷一二月×一五月×〇・一五で算定される一七六万八三五〇円となる(円未満切捨・以下同様)。
4 逸失利益 三一〇万七一〇九円(主張八一二万〇七三五円)
自賠及び労災実務上、等級表一四級の労働能力喪失率が五パーセントと扱われていることは当裁判所に顕著であり、原告の仕事の内容、障害の部位、内容に照らし、その逸失利益は、前記年収を基礎に、八年間五パーセントの労働能力を失つたものとして算定するのが相当である。
計算式 平成三年の年収九四三万一二〇一円×六・五八九(八年に相応するホフマン係数)×〇・〇五)
5 入通院慰藉料 五〇万円(主張同額)
原告の傷害の部位、程度、症状の経過、通院状況に鑑み、右金額をもつて慰謝するのが相当である。
6 後遺障害慰藉料 八〇万円(主張同額)
後遺障害の内容・程度に鑑み、右金額が相当である。
第四賠償額の算定
一 第三の二の合計は六二四万九七八九円である。これに、被告による治療費支払額一七万三〇〇〇円(第二の一の3)を加算すると六四二万二七八九円となる。
二 素因減額
一の金額に素因減額一割をなすと、五七八万〇五一〇円となる。
三 損害の填補
二から前記損害填補額一七万三〇〇〇円を減じると五六〇万七五一〇円となる。
四 弁護士費用
右金額、本件審理の経過、内容に照らすと、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告らが負担すべき金額は六〇万円と認められる。
五 結論
三、四の合計は六二〇万七五一〇円となる。
よつて、原告の被告らに対する請求は、右金額及び内金五六〇万七五一〇円に対する本件事故日である平成四年八月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 樋口英明)